軽やかに、たくましく。みんなの”安らぎ”を守り続ける 【ビジパン!02】取材後記

2024 / 05 / 09

軽やかに、たくましく。みんなの”安らぎ”を守り続ける 【ビジパン!02】取材後記

構成/冨田愛純

撮影/冨田愛純

ときどき出会う、好きを仕事に、まるでピーターパンのような目で働く大人。そんな”ビジネスピーターパン”の、踏み出した過去に焦点を当てて取材する新企画『ビジパン!踏み出す前の自分へ、今だから伝えられること』が、公式YouTubeにてスタート!ここでは、取材した編集者が、ビジパンから感じたことや学んだことを取材後記として展開。今回取材したビジパンは、一度大阪の会社に就職したのち、潰す予定だった創業68年の銭湯「幸福湯」を若干26歳で継いだ4代目店主である中本有香さん。

幸福湯

4代目店主

中本有香

大学卒業後、大阪の保育関連会社に就職。半年ほどで地元和歌山市に戻り、事務職など経て、2019年潰す予定だった家業の銭湯「幸福湯」を継ぐことに。”お年寄りから若い世代の人までみんなに気持ちよく入ってもらう”をモットーに、2019年のリニューアルオープン以来、日々番台に立ち続ける4代目店主。


”家業を継ぐ=覚悟がいる”、とはかぎりません!? 


「銭湯を継ぐとき、相当の覚悟がいったのでは?」 


創業68年を誇る老舗銭湯〈幸福湯〉の4代目店主である中本有香さんを取材できるとなったとき、今回の取材の成否は、冒頭の質問に対して、”一体、どれほどの覚悟が必要だったのか”を引き出せるかにかかっている。 


と、勘違いしていた。 


タイトルだって、「4代目としての覚悟と責務」といった体育会精神論的なテイストになるだろうと、誠に勝手ながら仮定していた。そして、取材当日、わたしは苦しんだ。 


”いましないで、いつするっ!”といった絶好のタイミングで投げかけた、この日一番の目玉質問「継ぐの、相当な覚悟いりませんでした?」に、中本さんから返ってきた言葉が、 


『何もわかってないから、逆にいけたんかなぁ。別にそんなに大ごとと思わずに始めたんでぇ。』 



なんだ!この軽やかさは…!心待ちにしていた”覚悟系の話”と、あまりにかけ離れ過ぎている。 


軽やかさの奥に腰を据える、”真のたくましさ” 


この取材前、〈幸福湯〉で働くバイトの方々に、「4代目店主としての中本さんは?」という取材をさせていただいたのだが、そのときには欲しい回答が得られていた。「強い女性やと思う」や「”幸福湯を守る”という覚悟を感じる」といった具合に。 


それが中本さんご本人の口からは、そういった覚悟や重圧系の話が一切出てこず、ここからどうしようかと焦りながらも取材を進め、4代目としてのいま現在の話題に入ったときだった。 


「”最終責任を取るのは自分やし”って思ったら、そっちの方がやりやすいかんなって。」 


そうか。世間一般からする大ごとに思えてしまう「責任を取る」というポジションを、中本さんは「やりやすい」と捉えているのだ。思わず、「その責任から逃れたいと思わないのか?」と問うと、返ってきたのは、「もうそれも生活みたいになっているんで、そこに思うことはないかな。」と、またも軽やかな返し。 


自由は欲しいが、社会の諸々の責任からは毎日逃れたくて仕方ないわたしは、中本さんの内側にどっしりと腰を据える”真のたくましさ”というものを、ここで見せつけられた気がした。 


と同時に、「”正真正銘にたくましい人”というのは、自分の強さや踏み出し経験をひけらかしたりしないのだ」とも学ばせてもらった。なぜなら、当の本人はそこまで大ごとだと思っていないから。 


”みんな”がいるから、たくましくいられる 


ここまでの内容だけだと、「真のたくましさが備っている中本さんは、何事も考え過ぎずに踏み出せる人だ。」と、なんとも軽やかに取材後記が終わってしまう。 


ただ、すでに動画を見ていただいた方ならわかるだろうが、家業を継ぐまでに通ってきた道のりは、取材中に中本さんご自身が「めっちゃ波が…」と呟いてしまうほど、軽やかに乗り越えられるものではなかった。それに継ぐ前の中本さんは、ご本人曰く「気を遣いすぎたり、気にしすぎる性格」だったらしく、バイトの方やわたしがいまの中本さんに感じる”強くたくましい4代目”とは、対極な人だったかのように思える。 


しかし、わたしはこの”人の気持ちを気にしてしまう中本さん”は、いまもどこかに存在していると思う。ただ、気にかける・気を遣う相手が、中本さんにとって、”大切な人たち”に変わっただけで。 


取材を振り返ってみると、「継ぎたい」と思ったきっかけも、昔からのお客さんや中本さんのご友人からの「続けてほしい」という声があったからだと語られている。それに取材中、中本さんの口から出てくるのは、「お客さんに〇〇してあげたい」「お客さんが不快に思ったら」「お客さんが気持ちよく入ってくれるためやったら」と、とにかく『お客さんづくし』。 


中本さんは、自分にとって大切な人たちが動機となったとき、『若干26歳で潰す予定だった家業をあんまり大ごとと思わずに継げる』ほどの”たくましさ”を、驚くほど軽やかに発揮できる人なのではないだろうか。 


軽やかに、そしてたくましく”いま”を守り続ける 


中本さんの軽やかな返しに慣れてきた終盤、あまり期待はせずに「今後の目標とかって?」と問いかけると、「あんまり”こうしていきたい!”とかはないんですけど」と、ある意味期待どおりな返しが。ここは”軽やか”にきた、ということは、次にくるのは… 


「もう、ずっといまの感じで、続けていけたらなぁって。」 


いや、めちゃくちゃたくましい。わたしはこの世で”現状維持”というのが、もっとも過酷で忍耐のいることだと思うのだ。少しケアを怠っただけで肌荒れはするは、セルライトは増えるは、と日常生活の些細なことでさえ、こんなにも維持が困難なのに。それを、自身が経営するお店の目標に掲げるなんて、それも「おばあちゃんになってもやれたらやりたいかなぁ。」と子どもが夢を語るようなフレーズとともに。 



自身の発言や行動に対して、特段のすごさも感じず、とにかく顔が見える大切な人たちに日々全集中を捧げ、たくましくあり続ける〈幸福湯〉4代目店主。 


どんな記事にしようかと中本さんのことを考える帰路で、軽やかに飛び越えながらも、ここ一番のたくましさで、みんなを守り抜く”ピーターパン”を思い浮かべずにはいられなかった。 


取材動画はこちら☟


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