子どもの価値観を広げる「トライアルスクール」

2022 / 12 / 23

子どもの価値観を広げる「トライアルスクール」

構成/佐藤 陽

撮影/佐藤 陽

和歌山市が2022年から実施しているトライアルスクール。トライアルスクールとは和歌山市外の公立小中学校に通学する小学1年生から中学2年生が和歌山市で暮らし、和歌山市の学校に通学することができる制度です。
今回は、トライアルスクールを体験した東京都大田区在住の小学5年生鈴木啓大朗くんのお母さん、鈴木翠さんにインタビューしました。保護者目線で感じたトライアルスクールの価値とは。

シビレ株式会社

代表取締役CRO/CPO

鈴木 翠

2000年よりテレビ番組の制作に携わったのち、2007年リクルート入社。住宅情報誌の商品企画を担当、広告出稿数および販売部数減少により継続が危ぶまれていた媒体のV字回復に成功する。 2014年より、島根県IT人材誘致プロジェクトの立ち上げに伴い、地方移住専門コーディネータを務める。2016年にシビレ株式会社を創業。地域×キャリアを軸とした、場所にこだわらない働き方の支援、自治体と連携したプロジェクトの推進などを行う。今回は小学校5年生の息子けいたろうくんと一緒にトライアルスクールで1週間和歌山市に滞在した。

「大人の転職」も「子どもの転校」も同じ。価値観を広げるトライアルスクール

私は宮城県仙台市の近郊エリアの出身で、就職のタイミングで首都圏に来ました。そこから約20年間首都圏で暮らしていて、現在は東京都の大田区に住んでいて、小学校5年生の息子がいます。今回参加させていただいたトライアルスクールを簡単に言うと、短期間和歌山市の小学校に転校をすることができる制度です。

今回息子をトライアルスクールに参加させた理由はいくつかありました。私の個人的な考え方かもしれないのですが、「子どもの転校」も「大人の転職」も一緒だなと思っているところはあって。昔は仕事は1つ、終身雇用みたいな考え方、価値観があったと思うんですが、今って別に転職って悪いことじゃない、むしろスタンダードじゃないですか。スキルアップや、経験値を増やすことを目的に転職する人も増えていると思っています。

子供の視点で考えてみると1つの学校で6年間生活することももちろん大事だし、得られるものもたくさんあると思います。一方、普段とは違う環境を小学生のうちに経験することで、違った世界や価値観に触れることができる。そう言った意味で、トライアルスクールにとても魅力を感じました。

トライアルスクールに参加した鈴木翠さんと息子のけいたろうくん

息子は、これまで小学校も転校した経験があったので、新しい環境で自己紹介をして、自分を知ってもらい、みんなと仲良くなっていくということに割と小さいときから慣れていました。なので、今回和歌山市のトライアルスクールの話をしたときは、前向きに捉えてくれたように思います。「友だちが増えるね」「どんな学校なんだろうね」みたいな話をしていた記憶があります。

都心部の小学校から全校生徒30人の港町の小学校へ


トライアルスクールの実施にあたっては、和歌山市役所のみなさんが小学校や教育委員会との調整を本当に親切にしていただきました。和歌山市に訪問する1週間前あたりにお世話になる小学校の校長先生とお話しさせていただき、必要なものや、授業の様子、町の暮らし方のようなお話も丁寧に教えていただきました。なので、特に構えたり、準備をしたりということは一切なかったです。

和歌山市に訪問した週の月曜日が祝日だったので、火曜日から金曜日の平日4日間お世話になりました。日曜日に東京から和歌山市に移動をして、月曜日は和歌山市のいくつかのスポットをめぐり、また、お世話になった宿のご近所に同い年のお子さんがいるということを校長先生からも聞いていたので、ご挨拶させていただきました。

今回トライアルスクールでお世話になったのは雑賀崎小学校です。雑賀崎は、和歌山市の港町。目の前に海が広がり、漁師船が停泊している景色が広がるとても素敵な町でした。イタリアのアマルフィの景観にそっくりでしたね。

雑賀崎小学校は全校生徒30人程の学校で、生徒数が少ないので複式学級でした。たまたま5年生が一番多くて10人いました。そのうち8人が男の子だったので、とても元気なクラスでした。複式学級なので5年生と6年生が一緒に授業を受けているのですが、先生が1人で5年生と6年生に授業をしていました。

登校初日は、近所の5年生とそのお母さんが迎えに来てくれて集団登校の集合場所まで案内してくれました。校長先生や和歌山市の地域の方や小学生も迎えに来てくれて、みんなで一緒に登校していただきました。実は登校の途中に、子どもたち同士で走って行ってしまい(笑)大人が小学校に到着したときにはもう教室に入って、普通におしゃべりしていました。そのまま、授業が流れていって、本当に普通に和歌山市で暮らすことができたのかなと思っています。

最終日の6時間目の授業でお別れ会をしていただき、お別れ会だけは私も見に行きました。息子は野球をしているので、お別れ会では5年生6年生で一緒に野球をしてもらいました。

親子が感じた、東京だけが当たり前じゃない小さな気づき


4日間暮らす場所が東京から和歌山市に変わっただけなので、私は日中リモートワークをして、朝食・夕食を作り、息子は小学校に通うという、普通の生活を送りました。ただ、この普通の生活の中でも大きな気づきがありましたね。

例えば、息子は普段通っている東京の小学校だと「自分はうるさい方だ」ってよく言ってるんです。でも、雑賀崎小学校に行くと、みんな元気で自分はあまりうるさいほうじゃないかもって思ったみたいなんです。東京では授業中はみんな静かだけど、雑賀崎小学校の場合は、複式学級で少人数なので、コミュニケーションをとる時間が多いのかなと思いました。

そういう意味では、普段と変わりない時間を過ごしながらも、いつもの環境だけが唯一ではないってことに息子自身で気がついたような気がしました。

息子は和歌山市の数日間が単純にすごく楽しかったようです。雑賀崎の小学校の友だちは、関西弁だし、最初は少し怖いと思っていたようなのですが、5年生、6年生のみんなが本当に優しく受け入れてくれて、全ての時間がとても楽しかったと言っていました。小学校にいる時間をこんなにも満喫している息子が少し羨ましかったぐらいです。

ここまででお話ししたように、平日の4日間、私はリモートワーク、息子は小学校に通うという普通の生活だったので、夕方にどこかに出かけるというような時間は正直あまりなくて。それでも、例えば紀三井寺公園にはキャッチボール専用のスペースがあったり、夜にはふらっと温泉に入りに行ったりと、日常生活に付加価値がついた時間が多かったような気がします。

食事については、宿泊していた雑賀崎は港町ということもあって、平日の夕方ぐらいになると、とれたての鮮魚がびっくりするぐらいの価格で販売されているんです。東京のスーパーとは比較にならない鮮度と価格。私も甘鯛と生きている海老を購入して、晩ごはんでいただきました。東京で暮らしていると、生きている海老を見ることもないですからね。

付加価値という話で言うと、食事や温泉、遊びという部分がわかりやすい例にはなるんですが、私個人的には、当たり前の景色が一番良かったですね。おそらく地元の方々からすると、普段見慣れている当たり前の景色かもしれない。でも、登下校で通る山の上から見える海や、街並み、4日間で目に入った景色が本当に新鮮で美しかったです。

加えて、登下校中に地元の方々が本当にあたたかくて。東京からトライアルスクールで雑賀崎に来ていることを認知してくれている方も結構いて、話しかけてくださるんですよ。綺麗な景色、そしてあたたかい人。4日間で一番印象に残っているのは、実は地元の人からすると当たり前の景色や人柄、こういう部分だったのかもしれないなって東京に戻ってから感じています。


「東京には何もない」和歌山市の経験が価値観を広げた


東京に戻ってから、息子が言っていた言葉が今回の体験の価値を物語っていると思っていて。「東京には何もない」って言っていたんです。

これまでの価値観だと、東京はなんでもあるし、地方で暮らす子どもたちは「田舎には住んで何もない」って言うじゃないですか。もちろん利便性やエンタメ的な要素は価値としてわかりやすいですが、でも、それだけではないよねって。何があるかではなく、どのような「経験」ができるのか、和歌山市だからできた経験や普段出会うことがない地域の方々を触れ合うことで、心が豊かになると思うんです。

小学生だからできる体験と、小学生のうちにいろんな人と出会う経験を今回のトライアルスクールでは体験させていただきました。今回の取り組みを通じて、何度か和歌山市に足を運ぶことで、息子にとって和歌山市は第二の故郷になっていくんだろうなって本当に思いました。息子も小学校の卒業までに「もう一回行きたい!」「雑賀崎小学校の卒業式にも出たい」って言っているので(笑)

これが単なる旅行だったら、絶対にこんな風には言わないと思うんです。そこに会いたくなる人やそこでしかできない経験があるって知っているから。大人も子どもも虜にさせる魅力が和歌山市にはあったんだと思います。

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